スポンサーサイト
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
残しておきたい言葉⑤ガンジーの言葉に勇気づけられ
2015/07/05(Sun)
今年も平和行事の夏が近づいてきた
生協の平和イベントに毎年参加するようになったのは
いつからだっただろう??

このブログを開設した2006年には
すでにそういう内容の記事を書いてるから
かれこれ10年くらいは、関わっているのかな

今年は今月、福山である市民平和行進と
8月に広島で開催される虹のひろばに参加する予定

平和行進に参加する組合員は年々減っていて
「暑い時期に歩くなんて…何の意味があるの?」
と言う、否定的な意見も出される

確かに、行進や戦争反対のシュプレヒコールに
反応してくれる市民の方はほとんどいない
世の中に影響を与えらえるわけでもないし
ほとんど意味がないのかもしれない

でも、平和を願い、戦争に反対する気持ちは
ただ思っているだけで、何も意思表示しないで黙っていたら
いつのまにか、戦争に加担してしまうかもしれない

機会があるなら、自分の意思を表明すること
そして、誰かと共有することに意味があるのだと思う

そんなことを悶々と思っているとき
素敵な言葉の贈り物をもらった

少し前に、某ニュース番組で話題になった
マハトマ・ガンジーの言葉


あなたがすることのほとんどは無意味であるが

それでもしなくてはならない

そうしたことをするのは世界を変えるためではなく

世界によって自分が変えられないようにするためである



おぉぉーーーーー
そうか、平和行進で歩くのは
世の中を変えるためではなくて
自分自身のためなんだ

世の中に流されて、自分を見失わないために…

そう思うと、なんだか勇気が湧いてくる

何かしないではいられない気持ちを
ただ歩くという行為で、納めることができるのだから


その他にも、勇気づけられるガンジーの言葉を
ここに残しておきたい


重要なのは行為そのものであって結果ではない

行為が実を結ぶかどうかは

自分ではどうなるものではなく

生きているうちにわかるとも限らない

だが、正しいと信じることを行いなさい

結果がどう出るにせよ

何もしなければ何の結果もないのだ





良きことはカタツムリのようにゆっくり進む

だから、自分のためでなく人々のために働く人は

いたずらに急がない

なぜなら、人々が良きことを受け入れるには

多くの時間が必要なことを知っているからだ



この「カタツムリ…」の言葉に、思い出した絵本がある




どんなに時間がかかっても、止められても
自分の足で、一歩一歩、自分の信じる道を歩く亀に
勇気づけられる

7月7日付朝日新聞文化文芸欄に、残しておきたい言葉があったので、覚え書きとして追記

内容は、政治と芸術の関係についてだったが、後半の現代美術家の会田誠氏のコメントに、ドキっとした

以下引用

 奈良の大仏やエジプトのピラミッドなど歴史に残る芸術は、時の権力と結びついたものが多い。「国家プロジェクトの誘惑は常にある。そうしたものへの憧れを抑える、誘惑との戦いが、僕の作品のモチベーションにもなっている」
 大衆にわかりにくい最先端の芸術は「政治家や国家から呼ばれない」が、「エンターテインメント性の高い芸術、人を感動させる作品には『精神的な詐欺』のような危うさがある」

 芸術の受け手の側も「感動と一体感」には警戒が必要だと会田氏は言う。反対語は「ひとりぼっちで冷める」だ。「みんなの比重が感動の方にちょっと行きすぎたら、一人で冷ややかになる。そうやってバランスをとって揺れ続けるのが、流されない最善の手じゃないですか」

***************************************
ドキっとしたのは赤字の部分の言葉

関連記事
この記事のURL | 言葉の贈り物 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
<<ころたん初交配 | メイン | 冷蔵庫に入る「ぬか漬け鉢」>>
コメント
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://oishiikinakomochi.blog57.fc2.com/tb.php/1199-0cbd6324

| メイン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。